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第8章 神と希望と慈愛

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辞書 Petit Robert に拠れば、神を対象とし、魂の救ひに最も重要だとされる三つの徳 les trois vertus théologales といふのがあり、信仰、希望、慈愛を指すのださうです。信仰 foi は神を、あるいは教義を信じること、それも心から確信を持つて信じることです。希望 espérance は、神に関する三つの徳の一つとしか書かれてゐませんが、救ひについての希望でせう。慈愛は、神を愛し神のために隣人を愛することです。

この章は、前の章「自由意志と信念」(この信念も foi の訳です)と合はせて、アラン流にこの三つの徳を説明したものだと言へます。その前提として、まづ神について最初の三段落で述べてゐます。アランの描く神は、創造主としての神ではなく「感情に固有な對象」としての神で、むしろ「弱々しい神」です。

第四段落では、自然への愛は「正しい知覺が自然の裡に發見する平和と秩序からのみ來る」と言ひます。都会を逃げ出したジャン・ジャックとは、勿論ルソーのことです。

第五段落では希望について、最終段落では慈愛について述べてゐます。最終段落の始めに「假説上の愛」と訳されてゐるのは、aimer par préjugé で、 préjugé は偏見と訳されることもありますが、経験に基づいた意見ではなく予めさうだと決めてゐることで、

假説上の愛を言ふので、友情の愛を言ふのではない。

といふ文は、

愛するべきだから愛するので、好きだからではない。

といふ意訳もできるでせう。

最後の段落の

情熱や無秩序、屡々有害な社會の秩序、或は憎悪、さういふものがあるにも係らず、何が諸君を狙つてゐるかを僕は知つてゐる。

といふ文は、多分、前の文に懸かつてゐて、仮に訳してみると

さわぐ心や無秩序に負けず、時にそれよりも酷い社会の秩序にも負けず、恨み、諸君を狙つたもののことだが、にも負けないで(愛するのだ)

となります。


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