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第4章 礼拝について

注釈へ

私は、礼拝が精神の神秘的な力を高めることを目的にしてゐるとか、さうした効果を持つと信じることから、遠く離れてゐる者だ。全く逆に、礼拝のきまりは、動きに規律を与へることで全てのさわぐ心や情動を静めるのだ。祈りの姿勢は、まさに、激しい動きを許すことが最も少なく、肺を、そしてこれにより心臓を、一番楽にするものだ。また、祈りのきまり文句は、注意を文字そのものに向け、考へが逸れるのを防ぐのに適してゐる。教会がごく些細な変更でさへあれほど恐れることに、私は驚かない。長い経験から、また、原因から明らかなやうに、心の平和には迷ふことなく祈りを唱へることが前提だと知つてゐるのだ。それには、言ひ方が二つあつてはならない。そして数珠の習慣は、同時に手を使はせるので、精神医学が発見した心配や苦痛に対する、そしてぐるぐる回る想像の回転木馬に対する、多分、最善のものだらう。

困難な時には、そして待たねばならぬ時には、一番良いのは考へないことだ。礼拝は、忠告によりいらだたせたり警戒させることなしに、巧みにそこに導く。人が自分の悩みを神に申し上げ、助言や助けを求めるのと同時に、その自分の悩みを考へなくなるやうに、全てが極められてゐる。その結果、しきたりどほりに祈つて、じきに安らぎが得られないといふことはない。この効果は全く身体的な機械的なものだが、来世や最後の審判の約束よりも力を持つ。むしろ、かうした約束は、私には、何故だか知らずに慰められた者達の口実だと思はれる。モンテスキューが言つたやうに、一時間の読書で慰められることは、誰も望まない。また数珠には、それ以上の狡猾さが隠されてゐる。

宗教的なものを観察すると、我々の原則が期待以上に確かめられる。これまでに述べたことによれば、最も酷い心の痛みでも、小さなことで簡単に治り、我々の悪徳が力を持つのは、我々自身を有罪だとする精神の誤つた判断だけに因るのだから。しかし、各自の証言がそれに反対する。それほど、本当の理由をよく知らないのだ。幸ひ、かうした例は多いのだが、突然の改心によつて、さわぐ心は我々が言つたやうに崩れやすいものであり、適切な体操で心を一瞬にして整へることができることが証明される。しかし、また、正直に言へば、これらの例は、人の性質についての正しい知識が欠けてゐるために、いつでも宗教に十分な証明を与へることになるのだ。この心の癒しは、その理由を理解しない者達には、奇跡なのだから。かうして、勤行すれば信じるやうになる。試してうまく行かなかつた人には、試し方が悪かつたのだと敢へて言はう。単に勤行する代はりに、信じようと努めたのだ。

ここで人はキリスト教の卑下の意味を掴む。その正しさは、我々の内面の悲劇は、動物の動きのやうに、考へを持たない機械仕掛けでしかないといふ点にある。一人の聴罪司祭が、信仰を失つたと自らを責めてゐる半可通の告白者に「あなたはそれについて何を知つてゐるのですか。」と言つた。私は、この答を自分で想像したのか、人が私に語つたのか、分からない。この話を太つた非常に学識のある司教座聖堂参事会員にすると、彼は私が事情を知りすぎてゐると思つた風だつた。イエズス会とヤンセン主義者の争ひは、この点から十分に理解することが出来ることに注意したまへ。ヤンセン主義者たちは、考へることを望んだのだから。

また、早まつて人は馬鹿にするが、教義とは、さわぐ心を静めるのではなく自由な夢想によりその向かふ先を変へて仕舞ふ神秘主義者に対する、絶え間ない努力なのだと、私には思はれる。人間の性質が問題となる全ての経験で、結果はとても驚くべきものであり、原因から遠く離れてゐるので、自然な宗教が、国家の鎧の一部でなくなつてゐるとすれば、ある種の妄信的な錯乱へとつながるのは避けられない。神々は我々のすぐ近くにゐるのだから。人は神々を見、聞き、触れる。交霊術の気違ひ沙汰は、誰でも知つてゐる。しかし、集まりが大勢になると、それがどこまで行くかを、人は殆ど想像することができない。正義のため、権利のため、祖国のための極りのない熱狂に、私は学者のゐない宗教を見出す。この全ての中で一番若い宗教には、儀式や神学者が足りな過ぎるのだ。

かうしたあらゆる行き過ぎに対して、神学を持つ教会は、抑制の圧力をかける。古代の神々も、愛、怒り、眠り、夢、そして身体の全ての変化で感じられてゐた。しかし、さわぐ心は、もつと広がつた。いつも礼拝に品位が欠けてゐたわけではないが、神学が想像力だけのものだつたのだ。さうして、神官の作品を神々が台無しにした。他方で、教会の努力の全ては奇跡に対抗したものだ。それを否定はしないのだが。教会が、儀式によつて十分な力を持つ現在では、奇跡を警戒してゐることは常に明らかだ。何も破壊しない人々の集りを持つ、それだけで十分に美しい。


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