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第2章 觀察

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前の章では職工、農夫、調教師といふ三種の職業に特徴的な経験について語られましたが、この章では、観察の方法が三つに分類されます。最初に出てくるのは「古代の道士の方法」です。古代の道士の原語は mage で、フランス語の辞書では、以下のやうな意味が並んでゐます。

  1. 僧侶、占星学者(古代バビロニア、アッシリア、後にペルシャの)。
  2. (特に)Les Mages 福音書に拠れば、子のイエスを礼拝に来た人物。(「東の博士たち」ですね)
  3. (専門的)秘教や魔術を行ふ者。

第1段落に、何度が「物理學」といふ言葉が出てきます。これは私には良く分からない使ひ方です。文章の上では、

熱烈な祈りと確固たる希望のある瞬間に奇跡は生れる。

といふ部分を指して「この物理學」と言つてゐるやうに見えますが。どなたか、ご教授頂けると幸ひです。

ともかく、ここでも、

何も彼も自分から割り出すこの大膽な思索は、海が船を支へる樣に、凡そ人間の探究を支へてゐる。

とあつて、アランが道士の方法を重んじてゐることが分かります。これに対して、労働者(前の章の職工に相当)の思想は、プラトンの「手の仕事はみな奴隷のものだ」といふ言葉が引かれてゐることからも分かるやうに、それだけでは、道具に過ぎないと見られてゐます。

この第2段落に「この思想の答へとは何か。」といふ文がありますが、原文では、その前後は次のやうになつてゐます。

Car ce n'est plus que la chose qui est mise ici à la question. Et que peut-elle répondre? Nier seulement, comme les auteurs l'ont bien vu.

引用した2番目の文の訳が上記のものなのですが、elle といふのは多分、物を指してゐるので、その考へ方で訳せば、

物に何が答へられるだらう。否定するだけだ。

となります。また、auteurs は、小林訳で「學者達」となつてゐますが、アランは、この言葉を良い意味で使つてゐる場合が多いやうに感じます。

最後に、「純粹簡單な觀察」です。空を見上げる農夫の観察法です。ここで「命令」と訳されたのは décretで、以下の意味があります。

  1. (宗教的)教会の権威ある決定。
  2. (一般的)行政府の決定。
  3. (文学的)一段上の力の決定、意思。
    用例:
    • les décrets de Providence 神の意志
    • les décrets du sort 運命の決定

ここでは、人間の意思、決定を指すと思ひます。物の真実は、人の精神が、自らの決定で作る出すものだと言ひたいのでせう。

天球や極や赤道を發明した人は、何一つこの世の物を變へたのではない、たゞ秩序と法則とをこの世にもたらしたのだ。

なほ、小林訳では「天體」となつてゐるのを、「天球」と改めて引用しました。


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