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第6章 さらに正義について

注釈へ

契約での主な困難は、相手方が何の役にも立てられない物を自分が活用したときに、相手方の取り分をうまく決めることができない、といふことだ。例へば、相手方が維持できなかつた地面、改良する術を知らなかつた農地、開発しなかつた鉱山だ。人間の仕事は、複数の人が集まり、機械を使ふことで新しい価値を産むが、持ち主は当然それを離さうとはせず、借りがあるのは否定しないこともしばしばなのだが、いつもそれを返さうとするとは限らない。組織者は、常に、この富のかなりの部分を共有の宝として残さうと考える。彼の手元にあれば、人間の仕事をもつとうまく生かすことが出来、皆の利益になるだらう。共同事業で、選ばれた長が新しい仕事の方法を始めるために必要な自由を、いつも持つてゐるとは限らないことは、よく知られてゐる。産業の進歩が生産者の投資の一部を買手に返してゐることも明らかだ。その上、病気、無知、専制的な権力に対する安全といふ面でも利益があり、これは仕事の新しい条件によるものだ。

かうした組織の欠点には対応策がないわけではない。工業化で農村の生活があらゆる面で衛生的で美しくなる前に農民が陥つてゐた隷属と無知を、人はいつも簡単に忘れすぎる。それに、結局のところ、誰も工業のこの動きを緩めるにはどうすれば良いか知らないのだ。しかし、この状況そのものから、保険、退職年金、配当、あるいは生産増加のための単なる富の留保などの数多くの解決策が生まれた。これらの解決策は、一番気が回らない守銭奴の策でも、全て良いものだ。自分が望むだけの金を蓄へることで、彼は誰のどんな品物も奪ひはせず、品物を買ひ占めるだけで、それも一時のことだ。これらの悪は小さなもので、さわぐ心からいつも出てくると予想しなければならない悪とは、これがどんなに穏やかなものでも、比較にならない。不正はそこにはない。

逆に、守銭奴が、突然気が触れたやうに、何千人もの労働者達に、大きな穴を掘りそれを埋めさせるやうな全く無駄な仕事で金を払ふとすると、責められることになる。彼が責められるのは、先づ、労働者が休んだり自分の庭や家の仕事をするために金を払ふこともできたからだ。より根本的なところでは、この失はれた仕事が、言はば全ての人達から奪はれた財産であり、この気まぐれによつて野菜が減り、着物が減り、家具が減り、要するに世の中に有用な物が減つて取り返しがつかないからだ。それは麦の山や衣料品店を燃やすのに等しいだらう。もし有用な物を全て燃やすとすれば、この気違ひ沙汰が、よく言はれるやうに皆に仕事をもたらすとしても、全ての人にとつて大きな不幸になることは明らかだ。かうした状況を想像すると、人に必要なのは品物であり仕事ではないこと、そして無駄に働かせることは皆の富の浪費であることがはつきりと分かる。

金持ちはこの力を持つてをり、ダイヤモンドの加工、錦織り、レース細工、刺繍のやうな確立してゐる難しい仕事を見つければ、馬鹿や意地悪だとされることもない。職人達は彼がゐないと生活できないだらう。そしてこの種の品物は、それを所有しないでも見た目に美しさを持つてゐることが普通で、皆が喜ぶやうに作られたと思はせる。そこには少し真実があることを認めよう。そして、これらの見栄の飾りは、富の印のやうなもので、軽蔑されるよりも羨まれることが多いのだと言はう。それで心がさわぐために不幸がより重くなり、皆の眼から不正の本当の源が隠されてしまふのが常なのだ。かうして、人は富の不正な分配を非難し、多くの金持ちの富の不正な使ひ方を見逃すのだが、しかしこちらの方が真の、そして唯一の不正なのだ。

確かに、皆のためにある程度の贅沢を望むのは、悪い考へ方ではない。特に、誰もが美しい物に親しむことは。しかし、正義に従つてかうした楽しみを持つためには、自分の手で働いてゐる人達が皆、ゆとりを持つことが前提となる。この正された判断によつても、工場主、銀行家、豊かな地主の生活はあまり変はらない。たぶん、彼らの妻の服装、髪の贅沢、自動車、召使ひをどこか変へるだらう。これらは羨ましがらせようとしたり、退屈をごまかさうとしたりするためだけのものだ。もし全ての金持ち達が、グランデやゴプセックのやうに醒めてゐて虚栄心を持たなければ、余分の労働時間があり、その一部はゆとりのない人達のための物を作り、一部は皆の生活を彩り、一部はのんびりしたり、学んだり、改善のために使はれるだらう。改革は金持ち、特に金持ちの女次第だ。しかし私は見栄や気に入られる喜びに直接対立する努力からは多くを期待してゐない。さうではなく、むしろダイヤモンドやレースについてのよく見える眼と、それは失はれたパンなのだといふ考へに期待してゐる。


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