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第1章 連帯について

注釈へ

外国人と暮らすことほど簡単なことはない。言葉の違ひでさらにさうなる。型どほりのことしか言へないからだ。しかし、また、そこでは真の友情は生まれない。人は、ある種の嫌悪感が友情とそれほど遠くはないといふことに、しばしば気づいた。少なくとも、強い友情が、ある種の警戒感と抵抗から始まることは、私には自然だと思はれる。人は、愛情において、また友情においてさへも、選択肢が少ないことに驚くことがある。しかし、もつとよく見なければならない。それを生むには制約が必要なのだ。さうなると誰が選ばれると言ふのだらうか。気に入られたいと思ふことほど、人を愚かにするものはない。また、新しい友に対する注意力ほど、誤らせるものはない。自然な制約であちらではなくここで生きることを強ひられ、この町で生まれ、この小さな学校に閉ぢ籠められる。それが精神をこの中身のない心理学から解放するのだ。連帯とは、この自然なつながりだ。似たもの同士や似合ひの者たちの間ではなく、逆に、意見の合はない、無遠慮な、敵の間のつながりだ。大きな富があつて落ち着かず情の薄い人間になる場合は別だが、諸君が選ぶときには、必ず強制的な養子や鼻水を垂らした老婆が付いて来る。遊びの熱で、幼いころに、同類を愛するやうになるので、余計にさうだ。同じ言葉と、細かな微妙な違ひが分かる町ごとの歌ふやうな調子を加へたまへ。そして、子供時代の条件は何でも祈つて手に入れるといふことだ。

繋がりがもつと密になると、より強く長続きする友情が生まれる。二人の囚人、級友、兵士の間のやうに。しかし、何故だらう。制約により、もし自由であつたら必ず嫌になつてゐたであらうことを、我々が受け入れるからだ。そしてお互ひの善意は、たとへ強ひられたものであつても、はつきりとした印により別の善意を呼ぶ。金持ちはこの宝を知らない。殆ど全ての人が、この知恵の最初の実を幸せな気持で、持ち続けてゐる。しばしば理由も分からずに。全ての人が善意によつてより良くなること、だが、さわぐ心のしわざで自由な結びつきの殆どが壊れてしまふこと、彼らはそれも知らないのだから。しかしながら経験で眼に見える効果により、誠実さは尊敬される。それは、何があつても愛さうとすることだ。ここでは順番を逆にしないやう、注意せねばならない。結びつきが揺るがないのは、その強さによるのではなく、逆に揺るがないから強いのだ。また、我々を必然的に誠実にさせる、この現実の制約を余り嘆いてはならない。ただ、強ひられた誠実さは、さうでないものほどは良く物が見えず、自分が望むものを生む力が弱く、そしてより簡単に満足すると言はねばならない。いづれにせよ、人は自分の持つてゐる愛情を勝ち取らねばならない。

かうした勝利により社会ができるのではない。友情が制約から必ず生まれるのではない。大違ひだ。隣同士からは憎しみも生まれる。相手が言ひ返すとさわぐ心は熱くなり、自分の姿を真似るからだ。憎み合ふには何でも良い。それ越しに罵り合ふなら、ぐらつく壁でも、打たれた犬でも良い。特に、一番普通なのは無関心さで、同じ仕事を持つ者が隣同士にならないときには、よくあることだ。しかし、それでもしつかりと閉ざされた扉のやうに、誤解を与へる。これら全ての言葉、全ての表情が、普通にしてゐても、風、雨、太陽が柏の瘤をつくるやうに、我々を形作るのだから。私は人と話して、その口調にならずにはゐられない。私は、他人からの注意で初めてそれに気づく。かうして誰もが微笑みや顰(しか)め面、仕草、小さな動きを真似る。一人一人が自分の村の者になり、しばしばそこでしかある種の気楽さを見つけられなくなるのは、かうしてだ。自分の形にした寝床のやうだ。そして、これは、それを愛することとは別物だ。

私は、恐慌や度を失つた期待の動き、噂や人の海の力を忘れてはゐない。これは人々がゐるところではどこでも影響を与へる。自分の国では尚更で、自分の家の前では更にさうなる。これは動物としての事実に過ぎず、判断はそこでは何の役にも立たない。しかし、このさわぐ心の予言的な傾向は、激しい心の動きが何かを予告するといつでも信じるので、判断がそれに続くことがある。羞恥心とは、この強ひられた判断と他のものとの戦ひに他ならない。そして、私がこの群衆の動きに流されない時には、私は大きな怒りに捉はれる。いつでもその動きは自らの狂気を、あるいはその動きに立ち向かふといふ狂気を、私に与へないではゐない。私は捕まり、押し流される。だから、社会とは必ず引きつけを起こしてゐるものだ、といふことにならう。そして事実、全ての社会がさうなる。戦争が示すやうに。これが倍加されたさわぐ心であり、別の身体である。リバイアサンの中でどうやつて生きるのか。


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