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第3章 結婚について

注釈へ

結婚は、それが決められ印を押された瞬間から、為すものであり、為されたものではない。結婚させられたにせよ、自分で選んだにせよ、一生を、それ以上ない親密さで、知らない人と暮らさねばならぬといふことに変はりはない。最初の愛情では何も分からないのだから。従つて、待つのではなく、為さねばならない。支配しようとして性格を観察することは、かなり危いと、私は思つてきた。それは悪夢でしかない。だが、不幸にして、観察する者と観察される者とがさう決めると、実体を得る。「あの人はあんな風だ」、この不吉な決めつけに相手が応へる、「俺はこんな風だ」と。しかしそれは決して真実ではない。いつでも愛すべき性質の芽はあり、機嫌の良さはどのやうな装ひをしてゐても、快いのだ。そして、本当の愛情とは、一番良いところを見抜く力でなくて何だらう。

ただ、この本当の愛情は意志によるものだ。さわぐ心は運命的だといふよく見られる信条が、これを拒否する。誰もが、徴から、自分の内面生活の将来を見抜かうとする。そこから、内面生活は外面の動きに委ねられる。愛情、嫉妬、幸福、苦しみ、退屈が、雨や雹のやうに受け取られる。かうして自分の節操の重荷を相手や全ての偶然に負はせる。それを自然の事実のやうに認める。自分が溝に向かつて行くかどうかを自問する自転車乗りを想像して見たまへ。自分の心を入れないで、自分が何をするかを自問するといふをかしな状態だ。これは狂者の状態だ。これは結婚ではよく見られる。なぜなら、最初の恋のときめきは実際に外から来るからだ。同じやうに、どんな術でも、喜びが最初に来る。しかし人が彫刻家、画家、音楽家になるのは、単に喜びによるのではない。それは仕事によつてだ。諺が、美しいものはどれも難しい、とうまく言つてゐる。幸せになるといふのは一つの仕事であり、家庭でも同じだ。

難しい仕事はどれでも、忠誠を求める。才能には幾つかの条件があるが、自分自身への誓ひと、それを守ることは確かにその一つだ。発明家のやうに、自分自身に目的を達することを誓ふのだ。そして賢人もまた自らに賢人たることを誓ふ。賢さが皿に載せて運ばれて来るのを待つてはゐないのだから。そして、今直ぐに音楽家になりたがる子供は笑はれる。しかし、愛する人によつて幸せになるといふ簡単なことのためには、人は誓ひを望まない。幸ひ、一般的な知恵は、結果に自らを従はせるので、幸せの最初の瞬間においても誓ひを求める。ところで、誓ひは予言ではない。誓ひは私が望み、為すことを意味する。これに対して人はかう言ふ、「私には愛情を約束することは出来ない」と。そして、これは最初の情動については正しく、それを約束する必要もないのだが、全き愛情と幸せについては、単に誓ふことができるだけでなく、音楽を習ふときのやうに、誓はねばならないのだ。さらに、それを正しく理解せねばならず、自らの誓言により鎖につながれてゐると考へてはならない。むしろ誓ひにより鎖につながれ、手懐けられたのは運命なのだ。

だから、慣習が全ての誓ひに求めるやうに、そして誓ふ人自身が罠を正しく見てそれを要求するやうに、証人がをり、外部の制約があるとしても、この外にある綱は出来事に対して自らを支へるものだと見なければならない。誓ひが自由意志を妨げることは決してない。逆に、それを使へと促すのだ。人は何かであることを誓ふのではなく、何かをすること、欲することを誓ふのだから。全ての誓ひはさわぐ心に対するものだ。結婚の知らせと、望まれた親戚関係の新しい繋がりやそれがもたらす友情は、望まれた作品の完成を助けるためでしかないのは、このためだ。それで処世術が養はれることは数へないとしても。会ふ人たちの皆から、本当の幸せを期待するのではなく、彼らに慣れなければならないのだから。ともかく、オーギュスト・コントよりも上手く結婚について書くのは不可能だ。読者は彼の「政治」を参照されたい。

私は、ただ、礼儀の制約について強調したい。若い恋人たちは軽率にもこれを軽く見る。さわぐ心を抱へて無邪気に暮らせば、そして、とても近くにゐることで、自分の幸福の全てを頼んでゐる人の気分のどんなに小さな動きでも身を以て知る状態にあれば、最初の動きは、しばしば不幸の元となる。良い家庭でも、そして友情により愛情が確かなものになつてゐても、小さな諍ひが簡単に荒々しい調子になるのを私は観た。愛情が多くを許すのも事実だ。しかし、それを当てにしてはならない。愛情が多くの解釈をして、勘ぐりすぎるのも同じやうに事実なのだから。これは、家父長制的な家庭生活や、特に子供がゐることで直せる。子供は、幼い頃から、その周りで声の大きさや動きの激しさを自然に和らげ、争ひには容赦のない鳴き声で正しい教訓を与へ、やがて終はらせるからだ。そこから、神は子沢山の家庭を祝福する、といふ諺が出来た。


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