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第8章 妄想症

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六章「貪欲」七章「人間嫌ひ」八章「妄想症」と並んでゐるわけですが、原文だと de l'avarice、de la misanthropie、des maladies imaginaires となつてゐて、モリエールの喜劇「守銭奴」 L'Avare、「人間嫌ひ」 Le Misanthrope、「病は気から」 Le Malade imaginaire を念頭に置いて付けた題名ではないでせうか。尤も、内容は喜劇の筋と必ずしも関係があるわけではありませんが。

最初の段落では「想像上の不安から、病氣を昂進させる人達」が話題とされます。肉体の動きと心の動きは緊密な関係にあるので、気持により体の動きが変はることを指摘します。

第二段落では、具体的な例として、何かを待ち受けたり、それに備へたりすると呼吸が遅く、苦しくなり、止まることさへあることが挙げられます。アランは、これは、私達の体の仕組みがさうなつてゐるからなのだが、長い坂や大階段を見ると思はず息を止めて「一種の決心」をする場合のやうに、「間違つた判斷が其處に加はる事」もある、と言つてゐます。「恐れの期待は實際に生命の歩みを鈍らせる」のです。

小林訳では「期待するとか用意するとかいふ場合には、呼吸が樂になつたり苦しくなつたり、止つて了ふ事さへある。」とありますが、ralentis といふのは遅くなるので、楽になるのではないでせう。

第三段落では、慢性の病気の場合には、自分の状態に気を配るのが、体に毒になる場合があることが指摘されてゐます。

心配とか自分自身に關する單なる用心でも、すべての筋肉の緊張を伴ふもので、それが營養と排泄の作用を鈍らす

からです。

この段落に

死の怖れによつてどうやら生き續けるといふ始末になる。

といふ文と、

又、血液にしても、酸素の供給が不足する場合を除いても、色々無用な仕事の爲に汚れる。

といふ文があります。中村雄二郎さんも、同じやうに訳してをられるのですが、それぞれ

死ぬのを恐れることで、生きる力が抑へられるのだ。
又、血液にしても、酸素の供給が不足するだけではなく、この無用な仕事のために余計に汚れる。

と読むのが良いと思はれます。

第四段落では不眠症が扱はれます。アランは「學ばうとさへすれば、先づ大概眠る術は覺えられるものだ」と言つてゐます。「そんな事は出來ないと信じ込めば、實際に不可能事になる」のですが。

この段落の

夜は豫言に依れば凶と出たといふ事になる、あへて豫言に依ればと僕は言ふ、いづれ其處には宿命論者の偶像が祭られてゐるのだから。

といふ文で、「豫言」が二度出て来ますが、私の持つてゐる本では、前の方は prédiction、後ろは prédilection となつてをり、後者は「偏愛、ひいき」といふ意味です。

今夜も寝苦しい違ひないと予言するだけではなく、それに執着してゐるとさへ言へる、宿命論を崇めてゐるからだ。

といつた意味の文ではないでせうか。

最後の段落は憂鬱症です。

悲しみを甘受してゐる限り、人は常に悲しいものだ

とか、

死の慾望は、あらゆる悲しみ、いやあらゆる情熱の奥底に在るもの

だとか、興味深い指摘がなされてゐます。


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