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前書き

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以下のページでご覧頂くのは、私が『81章』を読んだ時に、あれこれと考へたことのなかで、小林秀雄の訳でこの本を読まれる方々のご参考になると思はれるところを記したものです。なほ、アランについての情報は、特に記さない限り、プレイヤード叢書で出てゐるアランの4冊の著作、中でも "Propos I" の冒頭にある年譜を参考にしました。

小林秀雄によるアラン『精神と情熱とに関する八十一章』の翻訳は小林秀雄全集(第5次)第4巻に収められてゐるほか、創元ライブラリでも読むことが出来ます。また、昭和56年に講談社から出された「小林秀雄全翻訳」にも収録されてゐます。翻訳し出版までしたのですから、小林秀雄は、この文章が日本人に読まれることには意味があると考へてゐたと見て良いでせう。昭和53年にも東京創元社からの翻訳に「譯者あとがき」を書いてをり、かうした考へは晩年まで持ち続けたことが窺へます。原著は、1941年に改訂版が出てゐますが、全集でも創元社の本でも、底本としては原版を用ゐてゐます。それについては、小林自身の言葉が、上記の「譯者あとがき」に載つてゐて、そこで小林はガリマール社のプレイヤード叢書でも原版の方を採用してゐることを指摘し、それは編者達の意向によるものと解してゐますが、同叢書の解説では、アラン自身の意向に沿つて原版を選んだと明記されてをり、生前からアランはさうした希望を述べてゐたもののやうです。

原著が最初に出版されたのは1917年です。原稿は16年4月8日から8月1日に書かれました。3月11日時点の最初の題名は、 “Idée élémentaire des connaissances philosophiques” 直訳すれば「哲学的知識についての基礎的概念」といふものでした。小林訳では、「近頃、負傷したり、いろいろ思はぬ事から暫く仕事に遠ざからねばならなかつたのを幸ひ」とありますが、原著が書かれた時、40歳代半ばを過ぎてゐたアランは、志願して第一次大戦の戦場にありました。年譜によれば足首の故障は16年5月23日で、8月17日まで病院にゐたとありますから、書き始めたときには、まだ戦場にゐた訳です。

小林秀雄とアランの出会ひについては、「アランの事」(全集第3巻)にかう書かれてゐます。

アランは大學の學生時代、好んで讀みました。或る日、今はもうない樣ですが神田に、フランス書院といふ本屋があつて、そこでアランの“Quatre-vingt-un Chapitres sur l'Esprit et les Passions”といふ本を見つけた。アランの何者であるか知らなかつたが、こんな表題をつける人は並の學者ぢやないといふ氣がふとして買つて歸り、一氣に讀み茫然として偉い男だと思ひました。

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