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前書き

注釈へ

私の読者の何人かは、私がこれまで発表した短い文章には、順序も分類もないとしばしば残念がつてゐた。このところの不幸と偶然により強ひられた余暇を持つこととなり、私は順序が中身を損なはないかどうか試したいと思つた。一番無味乾燥な問題でも、私が知つてゐることしか言はないといふ条件つきで、扱ふのを避ける理由が見あたらなかつたので、私はある種の哲学概論を書くといふ次第となつた。しかし、さうした題名は期待を持たせ過ぎるし、欠けるところのないものにしようといふ有害な考へ、これで多くの本が台無しになつたのだが、この考へから、自分に馴染みのものを越えて進むのを何よりも恐れたので、それほど野心的ではない題名を選んだ。とは言へ、これから述べるところで、理論的、実践的な哲学の重要な部分はどれも漏らされてはゐないと信じてゐる。論争は別で、これには誰も学ぶところがない。しかし、もしこの本が本職の哲学者の判断するところとなつたら、かう考へただけで、これを書いた私の喜びは損なはれる。強い喜びだつたが。この喜びが稀な時代にあつて、これは一冊の本を作るのに十分な理由であると私には思はれた。

1916年7月19日

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