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第7章 権利と力について

注釈へ

正義を知ることが、不正をうち砕かうとする怒りを伴はないことは稀だ。まるでかうした事柄が全く見えない種類の人達がゐて、彼らを地上から消し去らなければならないかのやうに。しかし、これは酷く子供じみてゐる。さわぐ心はどれも不正で、人は誰でも心をさわがせる。この正義のための怒りが全ての行動で正義を伴ふといふのも正しくはない。しかし、他方で、盗まれた盗人の義憤は希望を与へるものでもあり得る。そして私は、いつでも正義の側にゐて無視された権利のために戦ふことを欲する専制君主達の自負が偽善だといふ考へからは遠くにゐる。一番嬉しいのは持つてゐることではなく、所有権なのだから。

同様に、王位簒奪者もいつかは認められることを欲する。彼の策略のうちにある狡猾さや嘘で、最も深い人間の真実を見失つてはならない。プラトンはこれをしつかりと見たが、それは、不正が隠された正義によつてのみ力を持つといふことだ。野心は一つの理念であり、戦争が常に説得することを目指すのは、和平条約や、請求をなだめるために払はれる努力が示すとほりだ。従つて正義は、曲げさへしなければ、かなり強いのだ。理念はいつでも理念を見出す。そして全く何の正義もない理念は、もはや理念ではない。理念を持つ(考へる)とは、認めることだ。

とは言へ、不正が自らを認めさせるために強制力を用ゐるのはよくあることで、人が考へてゐる以上に、これはうまく行く。自分がすでに十分な確信をもつてゐるわけではなくて、全てに対立し、危険しか齎さない理念に気を配るには、よほど頑固でなければならない。それを隠す労を取るまでもない。君自身の眼にも隠されるのだ。他の理念が形作られることさへあり、それも悪意ではないのだ。それが自然の流れだ。そこから、十分に長い勝利は権利を創造するといふ、よく聞かれる意見が出てくる。しかし、勝利によつて、権利を確固たるものとする自由な同意を勝ち得ることはできない。また、専制君主は喝采をやや軽蔑してゐて、いつでも自由な精神の持ち主達を味方にしようとし、正義の要求は口に出さないものも含めて別だが、彼らの裡にある堅固さや自由を示すものを心から愛してゐることに、人は気づく。

そして、精神面での追従者の媚びといふものがあり、それは既成事実に関する事前に決まつてゐる判断に自由の見かけを与へることに他ならない。かうした訳で勝利した軍は常に説得しようと試み、それに成功したとしばしば信じる。しかし、それは定理を棒で殴つて証明しようすることだ。心からの説得では、自由な同意と真の平和が目的とされ、全ての仕事は反対側の精神に完全な自由を与へることだ。ユークリッドの精神は、さうして他の精神に語りかける。彼は盗まれた同意は欲しがらない。さて、ここで私は専制君主にユークリッドの聡明さが全て備はると仮定してゐる。私に関心があるのは、専制君主が何を持つてゐると考へてゐるかではなく、彼が何を持つてゐるかなのだから。ところで、全世界の力をもつてしても、彼は権利を持つことはない。腕時計を見つけた子供から安値で買へば、私が自分自身の眼に、正当な持ち主となる訳ではないのと同様だ。それに、高利貸しの最初の言訳は、不十分なものだが、いつでもかうだ。ともかく、私は無理強ひしてゐませんよ。

もし正しい者が専制君主に力で抵抗すると、少し曖昧になる。さうなると彼は自分の権利に力を貸すことになる。しかしこの軽率な行ひは、自然で、神の判断といふ考へに戻るものだ。この考へによれば、権利は最後に勝利する。子供の考へで、経験にも理性にも根拠を持たない。私はそこにある種の期待を見る。専制君主が、勝てば認められると信じることもありえよう。かうして、反乱は失敗すると専制君主の力を強める。しかし、力のある判事が理屈のある者に勝利を与へるだらうといふ、この子供じみた信念の底を見る必要がある。権利は議論と証拠によつて見出されるので、別の方法に依るのではない。思考に依るので、他の方法に依るのではない。故に、ここでの真の反抗は、追放されても投獄されても、死ぬまで彼の良心に従つて語り、書くことである。殉教者達が、打つことを自らに禁ずる方が勝者だといふ、この種の精神の戦争の戦ひ方をよく心得てゐるのを見れば、地上のあらゆる場所でのキリスト教精神の勝利に驚くことはない。それは最初の精神への呼びかけであり、歴史に残された最初のこの種の戦争である。信仰の薄い者たちよ、と今度は私が言はう、この経験で君が武器を捨てることはないのだから。しかし私はかうも言はう、勇気の乏しい者たちよ、と。君が真の抵抗においてあまりに弱いのを見、この武器を取る動きの中には、何種類かの恐れがあるのに気づくからだ。


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