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第1章 さ迷ふ経験

注釈へ

単純な知覚にもある種の筋道(方法méthode)があるのは、見たとほりだが、 表には出ないもので、それにより各人が何かを告げる印を解釈する(解き明かす) 道を見出す。足音や錠の音、煙、臭ひなどがその印で、物や距離を告げる影や 見晴しは言ふまでもない。この知識は真の探究によつて得られる。それは常に、 試みを繰り返し、偶発的なものを排除することにあるが、大概は、はつきりとした 意思はなく、いつもの繋がりが残す、他より目立つ跡のやうなものによることさへ しばしばだ。殆どが言葉よりも先に得られる、言葉を持たない知識で、生きている 間ぢゆう完成度が高まる。

これには普段の仕事が大きく係る。船乗りははる彼方かなたの船が分かるし、水の色で 海流や深みをそれと知る。起こる風を波で知るし、空と季節から、雨や嵐を予見する こともある。農民も、他の印により、さうする。だが、今日では、学んだ知識や、 厳密に言へば船乗りや農民には理解できない知識の流通が、そこに混ざる。そして、 このよそ者の助けは、どちらかと言へば探究の道を閉ざす。私は、農民が今では 惑星や星を知らず、目には見えるのだが、それに気を止めないのに気づいた。 彼等には暦があるのだ。グロア島の猟師は深さを測りながら進む独自の科学を 持つてをり、驚くべきものがある。しかし、羅針盤では、習つたやり方しか知らない。 例へば、ラロッシェルへ行くために取るべき方角を知つてはゐるが、この方角に隣あふ、 別の方角を取れば彼等が行く漁場へと真つ直ぐに行けることは全く考へつかない。 地図を使うためには、考へから考へへと長い回り道をしなければならないことを 心に留めよう。それには一人の人間の経験では足りない。物を見せたり話したり して与へる教育でもだめだ。書物と、そのために作られた言葉、地理学者の言葉が必要だ。

職人の経験は真の科学により近いところまで導くやうに見える。特に、二つの 好ましい状況、即ち形作られた客体と道具が出会ふ場合には。形作られた客体、 例へば机は、その形自体と人が使つてきたことで、継続的で自然にうまく行く 経験をする機会を与へる。そして、この客体は、すでにある種の抽象作用なのだ。 だが道具は、これも形作られてゐて、さらに抽象的だ。その形は既に幾何学的、 力学的な関係をかなり表はしてゐる。車、滑車、クランク、またくさびをの、釘は、 すでに円、平面、そして梃子てこを歴史以前のアルキメデスに提供する。また道具は、 変はらない状況を示すので、むづかしい原因探しをする精神の負担を軽くして、 これを導く。この広大な問題を隈なく尋ねようといふ人達は、機械的な理由により、 それぞれの道具の誕生と完成を、鎌の曲線に至るまで、しつかり考へて、文書の あまりに少ない歴史を明らかにしなければなるまい。

全ての仕事が同じやうに教へるのではないことを言つておくことが大切だ。 ここでは、主な三つを見よう。まづ、職人の仕事だが、試したりやり直したりで、 いつでも付随的な状況を取り去りながら進むので、やがて本当の経験的法則と 決定論的な考へに行き着く。農業は、もつと手探りで、慎重である。何故なら、 主な原因である雨、雪、雹、霜に働きかける事ができないので。だから農民の 希望は職人の希望とは別物だ。そこには待つことと、多分祈りとがより多く 混ざつてゐる。そこからより運命的で、空にその印を探す、より詩的な宗教が 出て来る。第三の仕事の組は、動物の調教師だ。犬、馬、牛、象、これに私は、 皮肉は抜きで、長、弁護士、判事の仕事を加へよう。説得と飼育はそれだけ似て ゐるので。そして教育者も、特に小さな子供のは、この組に入りたがるだらう。 ここでは進め方は盲滅法で、精神(esprit)は性質が多様なのに戸惑ふ。そして、 効果や原因はいつでも深く隠されてゐる。しかしまた、進め方は、頑なさだけで、 例へばある一つの言葉で、しばしば良いものと成る。ここでは多分、違ひ、驚き、 気まぐれ、そしてこれも全く驚くべき成功により、まさに偶像崇拝的な考へが 強まり、模倣、印、言葉の力により、魔術が力を増す。

精神は、自らの作品中に、その最初の真実と最初の誤りとを読んだに違ひないと 言へよう。農民は天体の歩みと季節の廻りによく気づき、職人はより厳密な、特に 幾何学的、力学的な関係を見出すが、多分、それは精神を枠にはめすぎるものでも あらう。そして最後に動物の調教師は成功により大胆になり、判断によつて、 あるいは意思によつてと言つてもよからうが、相互には全く異質なものを一緒に するところまで行く。粗野な猟師が、低い声でも、追つてゐる動物の名を呼ぶことを 望まないやうに。そして、この魔術の誤りは、ひるむことなく持ちつづけると、 職人の明らかで確かな進め方よりも、精神の真の力をよりよく示すものだと、私は思ふ。 何故なら、人はそんな風に、深淵に橋を架けながら考へるのだ。私は、その方が 役に立つとさへ言はう。


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