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第9章 目的

注釈へ

ベーコンの言葉は良く知られてゐる。「究極目的は、君主に捧げられた処女で、石女である。」だが、これは、言葉を信用すると考へが抽象的で中身がなくなる場合でも、客体に触れると意味と命を取り戻し、最後には何かを掴む助けになるといふ良い例だ。これが全ての考への試金石である。確かに、創造主が科木(しなのき)の実に小さな羽をつけられたのは、風で遠い開けた土地まで運ばれるやうにだ、と言つても、何の説明にもならない。鳥に羽を与へられたのは飛べるやうにだ、と言つても同じだ。

だが、この言葉 propositions の先に進まうとすれば、全然馬鹿げたものではなくなる。と言ふのは、実の小羽が、大きな樹の蔭よりもどこか良いところへ蒔かれるのに役立つのは、確かだからだ。同様に、鳥の羽が、飛べるやうに作られてゐるのも事実だ。そして、その構造を理解しようとすれば、誰もそれが飛ぶために作られたと仮定せざるを得ない。その場合には、この自然の機械のなかでは何物も無用ではないといふ仮定を置きながら、こんな具合に反つた羽、中空の骨、筋肉の役目を調べる事となるからだ。

かうして、「何の目的で」といふ問から、自然に、如何にといふ問、つまり原因と条件の探索へと移る。鳥の羽は飛ぶために作られてゐる、何故なら並んだ羽は、ある方向に弁の働きをし、逆方向ではさうならない、といふ具合に。クロード・ベルナールは、肝臓は何かの役に立つてゐるはずだと仮定して、間違つてはゐなかつた。ただ、何に役立つのか、そして何より、どう役立つのかを追ひ求めるのであれば、といふ条件付きだが。これから、神学の考へは、少なくとも方向を示すものとしては良いものであり得ることが分かる。幾何学と形により再構成された知覚は決して欠かせないが。

もしある男が、神は飛ぶために羽を作られた、と言ふだけで満足してゐるとすれば、その精神 esprit の中には言葉の他に何も無い。しかし、羽が飛ぶのにどう役立つかを知つてゐるとすれば、物を原因によつて知つてゐることになる。そして、彼が職人たる神といふ考へを付け加へても、物について持つてゐる考へは何も変はらない。ダーウィン自身が、暗い洞窟の中の蟹にとつて目が見えないといふやうな、ある種の特性が、他と比べてどのやうな優位を与へ得るのかを考へるとき、最終目的から必要なものを残してゐる。なぜなら、問題となつてゐるのは、無用の眼を持つことがどんな具合に有害であるかを調べることだからだ。そして、ある客体のなかで、目的を原因と結びつけるのは、有用性といふ考へだ。なぜなら、仮定された有用性、それが目的だからだ。しかし説明された有用性、これが原因は、あるいは法則である。又、説明された客体自身である、と言ひたければそれも良からう。

知らない機械仕掛を調べる時には、それが良く感じ取れる。一つ一つの物について、かう自問する。これは何に役立つのか、と。それを見つけ出すためには、この部品をゆつくりと、出来るだけ単独に動かしてみて、それが何の原因になつているか、もつとうまく言へば、体系の中で何に結びついてゐるかを調べようとする。かうして人は、方向を示す目的といふ考へから、ものを形作る原因あるいは条件といふ考へへと、簡単に移る。目的といふ考へを追ひ続けて、それを口に出すだけに留まらなければ、いつでも実りがあるが、この考へは理論的な神学と同様に、道具や機械仕掛にも由来するものであることを、よく考へてみなければならない。

最終目的が自然現象の再構築においても方向を示すのに成功する場合は、話が少しややこしくなる。例へば、屈折した光は最短の道を辿る、そして一般的には、自然はその目的に最も簡単な手段で達する、といふ時のやうに。だが、かうした虚構は、仕事の外で、宙に浮いたものの言ひ方をする人達にとつてのみ、虚構なのだ。調べるといふ仕事では、自然の目的について考へてゐようとゐまいと、一番簡単な仮説を試す余地があり、それで十分ならばこれが一番良いのだ。思ひを廻らすときに、我々自身が働く者としての良識に従ひ、プトレマイオスの複雑な模倣よりもコペルニクスの体系を、二つの星よりも一つの金星を選ぶのだ。

詰まるところ、考へるといふ仕事は、誘惑と見かけとの戦ひだ。全ての哲学とは、結局のところ、これだ。驚きに充ちた宇宙、夢のやうに身を苛む宇宙から自らを解き放ち、この幻影を打ち破ることなのだ。いつでも贋の神々を追ひはらふこと、これはこの膨大な宇宙を、正確に数へあげることで、一番簡単なものへと縮めることだ。厳しいデカルトの技であり、誤解されてゐる。といふのも、預言者や妄想家の、最も激しい心の騒ぎは、気の向くままに物を増やすが、力を冷静に数へあげることで、これに打ち勝てることが良く分かつてゐないからだ。逃げ出すといふのは、真剣な仕事だ。


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