この章はかなり短くて、内容も分かり易いので、あまり付け加へるべきことも思ひつきません。小林訳もよく出来てゐて、大きな問題は見当たりません。
第四段落にアトウッドの機械といふのが出てきます。ウェブで調べたところでは、ニュートンの運動の法則を用いて、物体の落下運動そのものから、初めて重力加速度の値を求めたのはアトウッドだとのこと。この機械について知りたい方は、英語ですが、このURLをご覧下さい。(脚注 1)
事實を掴むのには周到な用意が要る。
さうアランは言ふのですが、近代の科学技術や、その応用による経済の発展は、かうして掴まれた事実を積み上げたものであり、誰もがその恩恵に与つてはゐるものの、その背後にある周到な用意には気づかない。気づいても、それを自分のものにすることは無理だ。とすれば、私達は誰も事実を掴んではゐないのではないか、といふ気がして来ます。
私達は古人の夢を 嗤 ふが、誰にもそんな權利はない。夢みる樣な餘裕はないといふが、誰も目を覺してはゐない。人間が今日程悪夢に惱まされてゐる時代は嘗てなかつたであらう、と言へば悪夢とはこれ又古風な比喩であると嘲笑 ふ程私達の悪夢は深い。例へば一番簡明な例をとつてみたまへ、私達が無感覺になつてゐる事實がどれ程深刻であるかがわかるだらう。
(『現代文學の不安』)
小林秀雄がかう書いたのは、昭和七年、七十年も前のことです。
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