ホーム >  『81章』目次 >  第4部目次 >  第1章

第1章 判断について

注釈へ

精神 esprit が真実 vérité を蝋(ろう)に形が残るやうに受け入れるといふ意見は、容易に正せるので読者は多分軽蔑の念でこれを見るだらう。だが、この意見は殆ど全ての書物を支配してをり、学びながら充分に考へ出すinventeことをしなかつた全ての精神を支配してゐる。その罪は最初の教育にある。幼い精神が自然の歩みによつて犯すやうな大胆な誤りへの配慮がいつも足らないのだ。最も強固な判断を試さうとすると、忽ち批判の余地の無い証明に取り込まれる。それ以上うまい言ひ方がないので、その形を変へることさへ出来ないのだ。精神はこれで参つて仕舞ふ。他方、独学した者はしつかりと掴んでゐるのが見て取れる。だが彼等はしばしば物事の難しさや騒ぐ心の強さに搦め捕られる。

一番幸せなのは、何でも知らうといふ気の狂つた野望に取り付かれないでゐながら、然るべく学ぶ時間を持つてゐる者達だ。彼等は自然に、他人による証明は無遠慮なもののやうに考へる。これ以上に正しい精神の動きはない。それを良く知つてをり、入口の所で見抜く。うるさく言はれ、一部を聞いて理解してゐても、最後まで耳を傾けて、それらを繋ぎ合はせたり、辻褄を合はせたりしないでゐられる。それを証明の商売人が目を覗き込みながら狙つてゐるのだ。この生まれようとする世界の全ての要素は、一人の創造者がゐなければ、混沌へと逆戻りする。差し出される物を掴むときにはいつでも注意深い戦士のやうだ。証明の牢獄の中ではうまく考へられない。他の者達は誤つた証明を恐れるが、彼等は正しいのを恐れる。尊い者の手ぶりだ。

人は望みどほりに判断しはしないが、望んだ場合にのみ判断できる。素朴な人達はどうして証明を拒否できるのだらうと訝る。だがそれほど簡単なことは無い。証明や反対は充分な私の同意さへ得てゐない。私がそれに命と武器を与へねばならない。安易に同意すると、ここで誤る。知つてゐる証明で、その全体を受け入れ、書き写したものであつても、厳密な科学の証明のことを言つてゐるのだが、私の前にあつては死物に留まつてゐるかの如くだと観じることが、私にはよくある。私はそれが正しいと知つてゐるが、証明自体が私にそれを証明することはない。大変な作業により私がそれを生き返らせるのだ。放つておけば、それだけ私を捉へる力は弱まる。だが、また、生れ変るごとに新しい。その度ごとに初々しい。もし諸君がさうでなければ、プラトンを師としたまへ。

証明は人間の作品だ。少なくとも宇宙はあるがままのものだ。よろしい。だが宇宙はそのままの姿を見せはしない。目を明けてみたまへ。入つて来るのは誤りの世界だ。ここでは全てが立て直しを求めてゐる。経験では一番酷い誤りしか修正されず、それも拙いやり方でだ。物が害を加へたり益を与へなくなると、無視することはとても簡単だ。ある文学者は星が東から西へ廻ると聞いて驚き、「もし廻つてゐるのなら、気が付くだらう」と言つてゐた。だが星が廻るのを見るのは大した事ではない。惑星の動きはもつと隠されてゐる。我々のさわぐ心、思ひ出、夢で、この画面は更にこんがらかる。誤りや信念の多様なのを見れば、誤り、といふより混乱、不統一、考への移り変はりが我々の自然の状態であることを思ひ出すのに十分だ。そこから抜け出すには、先づは拒否、疑ひ、待ちの決断が要る。「自然には前後関係のない諸物の間にも順序を仮定しながら。」デカルトはかう語つてゐた。

あらゆる信仰の説教者達はかうしたことを良く理解してゐたが、他の例についてである。美徳や完璧が問題になると、少しでもこれらについて考へた者たちは、これらが正にあるのではなく、望まなければ考へることもできず、経験の教へに逆らつてさうする方がなほ良いといふことをすぐに理解した。そして彼等は善意が証明を助けるべきだと言ひ、神は祈る者達にだけ姿を現すと言ふ。だが彼等は外に現れた効果によつて初めてそれを見出し、世界のやうに存在してゐるが隠れてゐる神を常に望む。しかし人間の間の正義が存在しないのは、そしてそれが作り出さねばならないものなのは、はつきりしてゐる。またよくある廻り合はせで、判断といふ言葉の二つの意味には、我々が読むことを知つてゐれば、教へられる所が多い。だが三番目の意味はどのやうな人間の深みから出てきたのだらう。他の二つの意味をうまく結び付け、判断とは証明がそれを押し付けるのを待たない速やかな決定であり、勇気ある裁定により輪郭を完成させて固め、見抜いたところ、知らないこと、人間が人間に負つてゐるものも考慮に入れながら、恐れることなく、自らが危険を負ふことだ、といふ意味は。束の間の神々である。


第1章 > 第2章

ホーム >  『81章』目次 >  第4部目次 >  第1章

Copyright (C) 2005-2006 吉原順之