題の原文は de l'hypothèse et de la conjecture です。法則に準じた悟性の諸形式が仮説、多少は整頓された想像の戯れが憶測です。
仮説の真偽を問ふのは、圓は在るか無いかと訊ねる様なものだ。
とアランは言つてゐますが、皆さんは、同意されるでせうか。
前の章でもさうでしたが、ここでも物理学の事例がいくつか出てきて、小林秀雄は訳すのに苦労してゐるやうです。例へば第二段落に
或は球とか子午線とかいふ諸形式で先づ定められ、蝕の形で捕へられたこの星だ。
といふ文がありますが、蝕と訳された言葉は ellipse で、楕円と訳すのが正しい。蝕の形では何の事だか良く分かりませんが、楕円は惑星(脚注 1)の形です。なほ、蝕は éclipse で、綴りが似てゐるので、混同したのでせう。
同じ段落に
マックスウェルの軸やヴェクトルや、囘路や眞空管とかが、同じ種類の助力を彼に與へ、距離と全く同樣に、いやもつと單純に視差の遠近や效果を説明しないかどうかを訊ねてみるがよろしい。
といふ文があります。「囘路や眞空管」と訳されたのは contours と tubes ですが、これはマックスウェルの電磁場理論に出てくる電気力管などを指してゐるものと思はれます。かうした理論的な道具立てに助けられて、マックスウェルは電磁場を理解するので、それは、複雑さの程度に差はあるものの、人が距離といふ理論的な道具によつて遠近による物の見え方の違ひを理解するのと同様だといふのです。
第三段落の半ばに、「つまりそれが力學の權利だ。」とあるのは、権利 droit と直線 droite を読み違へたので、等速直線運動は力学における直線(のようなもの)だ、といふのが原文の意味です。
最後の部分は、原文も訳も見事ですね。
それでも諸君は、アトムは在るか無いかと訊ねるだらうか。アトムの見世物小屋に行つてみたいか。それなら一緒に赤道と子午線を見せて貰ふとよろしい。
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